四万十を清流のまま未来へ引き継ぐために、わたしたちは栗を育てます

栗はかつては西土佐で主要生産物の一つだった。。。

栗はかつては西土佐で主要生産物の一つだった

西土佐農業協同組合(現JA高知はた西土佐支所)の記録によれば、栗の出荷額がもっとも多かったのは昭和60年の1億4百万円で前年の1億2百万円と2年連年で1億円を超えていました。
この時期(昭和58年)の農協から出荷される農産物の内訳をみると、栗の出荷額は干ししいたけ、園芸品、米類についで4番目に多い主要生産物でした。
しかし昭和60年をピークに年々減少を続けていきます。 平成12年には経営を安定化させるために栗生産者の共済連合を組織し、肥料供給などの支援を行う仕組みをつくりましたが、残念ながら韓国産の栗の輸入に伴い、栗の市場価格が下落。 追い打ちをかけるように平成16、17年の台風被害で共済連合もその役目を果たすことができなくなり、台風被害が無くても年間出荷額が1千万円程度という現状に至っています。